東京地方裁判所 昭和26年(行)40号・昭26年(行)5号 判決
原告 北岡寿逸 外三名
被告 日本学術会議選挙管理会
一、主 文
昭和二十五年十二月中に行われた日本学術会議会員選挙における第三部全国区候補者井藤半彌、久保田明光両名の当選を無効とする。
原告北岡、同松葉のその余の請求を棄却する。
原告乾、同山県の訴を却下する。
訴訟費用中、原告北岡、同松葉と被告との間に生じた部分は、被告の負担とし、原告乾、同山県と被告との間に生じた部分は、同原告ら両名の負担とする。
二、事 実
第一、原告ら四名の請求の趣旨
一、昭和二十五年十二月中に行われた日本学術会議会員選挙における第三部全国区候補者青木得三、井藤半彌及び久保田明光ら三名の当選を無効とする。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。
第二、原告ら四名の請求の原因
三、日本学術会議は、選挙された二百十人の日本学術会議会員(以下会員という。)をもつて、これを組織し(昭和二十三年法律第一二一号、日本学術会議法、以下法という、第七条第一項)、一部三十人をもつて構成されている七ケ部の一として、人文科学部門に第三部(経済学、商学)が置かれている(法第十条)。会員の選挙は、全国区と地方区とに分け、各部ごとに同時に施行される(法第十九条)。選挙は、投票によりこれを行い、投票は、全国区及び地方区ともに各一票とし(昭和二十五年日本学術会議規則第二号、日本学術会議会員選挙規則、以下規則という。第九条)、全国区選挙の投票は、選出しようとする者(以下候補者という。)三名を連記し(規則第十三条)、地方区選挙の投票は、単記する(規則第十四条)こととし、会員の選挙権を有する者(以下有権者という。)は所定の投票用紙に無記名で、候補者の氏名を自ら記載して、これを本人から直接被告へ選挙の期日までに到達するように送付しなければならない(規則第十条)のであつて、これに違反した投票は無効である(規則第十七条第三号)とされている。
被告は、みぎ会員の選挙の実施、投票の効力の決定その他選挙に関する事務を行う(法第二十条)ものであり、原告ら四名はいずれも、昭和二十五年十二月中に行われた選挙における第三部有権者であり、かつ、原告北岡、同松葉は、みぎ選挙において当選を失した候補者である。
四、昭和二十五年十二月中に行われた会員選挙の結果によると、第三部における全国区の下位得票の当選人の氏名及びその得票数は
高瀬荘太郎 四十六票
青木得三 四十五票
井藤半彌 同
久保田明光 同
であり、次点順の落選者氏名及びその得票数は
友岡久雄 三十三票
北岡寿逸 三十一票
片岡謌郎 二十八票
松葉栄重 二十二票
であると決定された。
五、ところで被告は、第三部における関東地区の投票五百六十二通中四十八通を無効と決定したのであるが、うち四十三通(検乙第二号証の一乃至四十三)は、有権者が投票の記載を自らしたものでないと認定して、これを無効としたのである。みぎ四十三通の投票の記載は、全国区三名連記、地方区単記計四名の候補者について、計百七十二票であり、その候補者別の内訳は、
全国区 松葉栄重(経済学) 四十二票
片岡謌郎(商学) 三十九票
北岡寿逸(経済学) 二十九票
友岡久雄(経済学) 十九票
地方区 高橋秀雄(商学) 四十三票
となつている。
六、さて、原告ら始め有志の者が被告を代表する委員長について確めたところによると、被告において前記四十三通の投票を検討した結果、これを二十一通、十七通、五通の三群に分類し、その各群ことに同一人が代書したもの、すなわち、有権者が自ら記載したものでないものと認定した、という説明であつた。
しかしながら、前記四十三通の投票中には、一見して、その記載が同一人の筆跡と認めることのできるものは一も存しない。すなわち、みぎ投票用紙には1ないし43の番号が附されているが、そのいずれの番号の投票用紙の記載が、他のいずれの番号のそれと同一筆跡であると判定されたかは不明である。また各投票用紙中に、赤鉛筆で×△○=等の符号の附されているものについて、同一符号の附された記載ごとに各票をつき合わせても、同一筆跡とは認め難いものばかりであつて、前述の三群に分類された各票について、みぎ符号の記載をたどつて見ると、被告は、投票の検討に際し、一投票用紙に記載された氏名中の一字を、他の投票用紙中に記載された一字と比較して、同一の筆跡と認定したように思われる節すらある。しかしながら、投票の記載自体によつては、同一の筆跡と確実に認定できるものは皆無であり、被告がなにを根拠に同一の筆跡と認めたか、全く諒解することができない。
従つて、これらすべての投票は、有権者自らが記載した有効なものとしなければならない。よつて前項記載の全国区候補者四名の得票を、前述四の有効得票に加算すると、前述次点者四名の得票は、
片岡謌郎 六十七票
松葉栄重 六十四票
北岡寿逸 六十票
友岡久雄 五十二票
となる。すなわち、みぎ四名の得票は、前述四の少くとも青木得三以下三名の下位当選人の得票数を遙かに上廻ることとなり、同人らが当選人となり得ないことは明かである。
七、しかるに、被告は、投票の効力を決定するについて、前記四十三通の投票を無効と決定し、延いて青木得三、井藤半彌及び久保田明光ら三名を当選人と決定したのであるが、前述したところにより、この処分は、違法であり、同人らの当選の無効であることは、もちろんである。
八、よつて、原告北岡、同乾、同山県は、法定の期間内である、昭和二十五年十二月十八日乃至同月二十七日の間に、みぎ選挙に関してそれぞれ異議の申立をしたが、被告は、昭和二十六年一月十七日に、いずれもこれを棄却する旨の決定をした。よつて原告ら三名は、翌十八日に、また原告松葉は、同年六月十二日に各本訴請求に及んだのである。
第三、被告の答弁趣旨
九、第一次的に、原告ら四名の訴は、いずれもこれを却下する。
第二次的に、原告ら四名の請求は、いずれもこれを棄却する。
第四、被告の本案前の抗弁
十、原告乾及び同山県は、単に本件選挙の有権者であるという資格に基いて、本訴を提起した。この趣旨の訴は、いわゆる民衆的争訟である。それは、憲法第三十二条の規定に由来するものでなく、同法第七十六条第一項の規定にいう「司法権」の固有の領域に属しないし、裁判所法第三条第一項の規定にいう「法律上の争訟」に該当しない。この種の訴が認められる場合において、一般有権者は、違法な行政行為によつて侵害された自己の権利利益の保護救済を求めるために訴を提起するのではなくて、行政行為の違法を是正し、選挙の公正を確保するという公益上の必要に協力するために、立法政策的に特に出訴を許されるものに外ならない。このように出訴権は法律の特別の規定がある場合に限つて認められる。しかるに、本件選挙については、この種の特別の規定はないから、原告乾及び同山県の訴は不適法として却下されるべきである。
十一、原告北岡及び同松葉は、落選者として自己の権利の保護救済を求めるものであるが、そうであれば、それぞれ一人の当選人の当選の無効であることの確定を求めれば足り、それ以上の当選人の当選の効力を争うことは、必要の限度を超え、結局一般有権者として選挙の違法の是正を請求するものに外ならないからこのような訴は、不適法である。
十二、規則第二十三条及び第二十五条の規定によると、有権者は選挙に関して異議があるときは、被告に対してこれを申し立てることができる旨、並びに、被告の決定に不服のある者は、日本学術会議に対し再審査を求めることができる旨を定めている。この制度の下においては、二段階の訴願手続の全部をつくして、なおかつ救済を得られない場合にはじめて訴を提起することができるものと解するのが相当である。しかるに原告らは、昭和二十六年一月十七日に異議申立の棄却を受けると、再審査の請求をしないで、直に本訴に及んだからいずれも不適法である。原告らは、訴提起後同年二月五日に再審査の請求をしたのであるが、再審査の請求をしないでなされた提訴は、再審査の請求後三ケ月の期間の経過によつて適法となることはない。もしそうでないとすると、行政事件訴訟特例法第二条の規定は空文となる。日本学術会議が今日まで裁決をしないのは怠慢によるものでなく、本訴の審理の重複、矛盾を避けるため、一時手続を停止しているに外ならない。また原告が、日本学術会議の再審査を求めても、到底反省の見込がないから直ちに提訴する「正当の事由」がある、というのは、全く邪推に出でた論であり、このような主観的理由は、再審査制度を設けた趣旨に照し、到底法の認めた「正当の事由」とはいい得ない。
第五、被告の本案の答弁
十三、原告の請求原因三ないし五、八の各事実、六のうち、被告が本件選挙の投票の効力を決定するに当り、四十三通の投票を無効と判定した理由は、みぎ投票を三群に分類し、各群毎に同一の筆跡と認められる記載を含むと判断した結果であること、並びに青木得三、井藤半彌、久保田明光の生年月日が原告の主張するとおりであること(後出十六)は、これを認めるが、その余の事実を否認する。
十四、原告の引用する計四十三通の投票は、有権者が自ら記載したものでないから無効である。殊に左に掲げる各群の投票は、その記載の態様からみて、それぞれ同一筆跡と認められる記載(括弧内の氏名を指す。)を含むものであつて、いずれかは有権者の自書と認めるの外ない(四)のうちの一通を除き、他はいずれも有権者の自書した投票と認めることができない。
(一) 1(検乙第二号証の一)、2(検乙第二号証の二)(以下検証物の番号はこれに準ずるから、その表示を省略する。)(高橋秀雄)
(二) 3、5(高橋秀雄及び松葉栄重)
(三) 7、8、9、12、14(7と8、8と9、12と14のそれぞれの高橋秀雄及び松葉栄重、7と12の高橋秀雄
(四) 6、11(高橋秀雄)
(五) 13、15、22(13と15の高橋秀雄、15と22の高橋秀雄及び友岡久雄)
(六) 16、19(高橋秀雄及び松葉栄重)
(七) 10、20、21(10と20の松葉栄重、20と21の高橋秀雄及び松葉栄重)
(八) 24、26、27、28、29、32、(24と27の高橋秀雄、26と27の松葉栄重及び友岡久雄、27と28、29と32のそれぞれ高橋秀雄及び松葉栄重、28と29の松葉栄重及び北岡寿逸)
(九) 23、25、30、33、34、35と36、41(23と25、33と41のそれぞれ高橋秀雄、25と30の北岡寿逸及び片岡謌郎、25と33の北岡寿逸及び高橋秀雄、30と34、34と35のそれぞれの北岡寿逸、高橋秀雄及び松葉栄重、35と36の高橋秀雄及び松葉栄重)
以上のような同一筆跡を生じたことは、なに人かが未記入の投票用紙を集めて、これに記入したからである。このことは、(イ)関東地区五百六十二通の投票中に、特異の内容の投票が四十三通という多数あつたこと(無記名投票制では、投票の依頼くらいでは、かくも多数の同一類型の投票が現われる筈はない。)(ロ)本件選挙において、激烈に手段を選ばない選挙運動が行われたことは、衆知の事実であることから推知できるのである。
また、なに人かが白票を集めて記入した事実があつたとすれば、一通ずつ手を変えて記入することも当然にあり得る。そしてこのようなことの行われる限りは、かりに鑑定の結果同一筆跡の記載を含むことが認められないとしても、なおかつ、係争の四十三通の投票は有権者以外の者によつて書かれたもの、すなわち有権者の自書でないものとして無効であることを免れず、結局被告の処分は適法たるを失わない。
そうして、本項冒頭に、(一)乃至(九)群として被告の摘出した投票(記載内容の全く同一である(四)のうちの一通を除く。)中に、
北岡寿逸 二三票
片岡謌郎 二八票
松葉栄重 三一票
が含まれている。これらの投票が有権者による自書でなくて無効とされるならば、その他の得票の効力のいかんに関係なく、選挙の結果に異動が生ずる可能性はない。
第六、被告の本案前の抗弁に対する原告の反駁
十五、規則第二十三条及び第二十五条の規定は、選挙に関し異議ある有権者のために、被告に対し異議を、その異議の決定につき日本学術会議に対し、再審査を申し立てる途をひらいている。このような訴願手続の認められる以上、みぎ決定又は裁決に対し、訴の提起が許されることは当然である。明文のない故をもつて出訴が許されないと解することは、憲法第七十六条第二項の規定の趣旨に反する。およそ公法上の選挙においては、一般選挙人のために選挙訴訟及び当選訴訟を認めることは、一般に共通の法理である。本件選挙に関しても、公職選挙法第二百三条、第二百四条又は第二百六条の各規定に準じ、裁判所に訴を提起できると解すべきことは、本件選挙の公共的性格と、規則における規定の体裁、及びその精神から肯定できることである。殊に、日本学術会議は、内閣から独立した機関であり、行政上の監督機関が存在しない。その違法の行政処分に対しては、訴をもつてする外に是正の手段はないのである。日本学術会議の会員選挙に関する規定が甚だ不備であることから、これを実際に適用するに当つては、選挙法規一般に通ずる法理、または公職選挙法の明文を準用すべきであり、規則に明文のないことは必ずしも直ちに出訴を禁じた趣旨に解すべきでない。
十六、原告らは、前述したように本件選挙の有権者として、かつ原告北岡及び同松葉は違法な決定によつて当選を失したものとして最下位当選人三名の当選の決定の効力を争うものである。
そうして、もし単に有権者の資格においてする訴が適法でないとして三名全部の当選を無効とすることができず、原告北岡及び同松葉の落選に関係ある範囲で考えるべきものとすれば、前述三名の得票数は同じく四十五票であるから、「得票数の同じ者があるときは、年長順によつて当選人を決定する。」旨の規則第十九条の規定に従い、三名のうちから当落を決定すべきであり、青木得三、井藤半彌及び久保田明光ら三名の生年月日は、それぞれ明治十八年三月二十六日、同二十七年九月十四日、同三十年九月八日であるから年少順により、久保田、井藤の二名の当選を無効とすべきである。
十七、行政事件訴訟特例法第二条の規定する、いわゆる訴願前置の制度は、行政庁に対し、当該行政処分について、一応反省再考の機会を与えようとする趣旨のものである。従つて規則第二十三条及び第二十五条の規定する異議及び再審査のように訴願の二段階がある場合において、異議の申立に対する却下の決定を経た以上は、直ちに原処分の取消又は変更を求めるため、訴を提起することが許される、と解すべきであり、常に必ずすべての訴願手続を経ることを要するものとすべきではない。現に、前示特例法第二条但書の規定は、一定の場合に訴願前置を排しているくらいである。法運用上の問題としても、(い)規則は、自作農創設特別措置法第七条の規定の顧慮すると異り、異議及び再審査の申立に対し、短期間内に法定または裁決することを命ずる旨の用意を欠いており、(ろ)日本学術会議総会と被告とは、組織上厳格な独立性を有しない。被告を構成する委員は、殆んど前者の会員であり、被告は、これら会員の指導下にあり、みぎ会員は、総会において有力な地位を占めているから、原告らが既に被告に異議を申し立てた以上は、かさねて再審査の裁決を経る実益をみないのである。かりに、前述特例法第二条の規定の解釈として、訴提起前に再審査の裁決を経ることを要するとしても、原告らは、昭和二十六年二月五日に再審査の請求をし、既にその後三ケ月を経過したから、起訴当時の瑕疵は、治癒されたと解すべきである。
また、原告らがあえて再審査の裁決を待たないで、本訴を提起した所以は、(い)被告の原処分及び異議棄却の決定が出鱈目で常識ある人にとつては信じられない程公正を欠き、従つて、再審査の裁決においても反省と再考の見込がないと思われ、(ろ)起訴当時の情勢上、係争の四十三通の投票用紙を証拠保全の手続によつて保全する必要があつたからである。
しかも、日本学術会議は、原告らが再審査を申し立てて八ケ月余を経て、なお裁決するに至らないし、去る昭和二十六年十月の総会では、裁判所の判決に一任し、自らの審査を中止することとした。これらの諸般の事情は、原告が再審査の裁決を経ないで、訴を提起するについて、正当の事由がある場合に該当すると認めるべきである。
なお、原告松葉は、再審査の申立後三ケ月以上を経過したのちである昭和二十六年六月十二日に本訴を提起したのであるから、同原告の提訴については、手続上の瑕疵の存否の問題は、もちろん存しない。
第七、(証拠省略)
三、理 由
(一) 原告乾、同山県が、単に本件選挙の有権者であるという資格に基き、被告の処分を違法として本訴に及んだことは、同原告らの自陳するところである。すなわち、同原告らは、本件選挙において被告のした決定により、自己の権利を侵害されたとしてその保護救済を求めるのではなく、むしろ被告が本件選挙に関して公正な法の適用を誤つたことを指弾し、一般的に選挙の公正を期する意味から、被告の誤つてした法適用の是正を計らんとするに外ならない。しかしながら、みぎのような訴は、本来的には司法権固有の領域に属せず、裁判所法第三条にいう「法律上の争訟」に該当しない。この種の事件が司法権の領域に持ち込まれ得るのは、法規が選挙その他の行政の公正を保障する必要上、立法政策的に、裁判所の公正な判断に委ねることを相当として、特に法律をもつて出訴を許す旨を定めた場合に限定される。ところが本件の場合において、法及び規則を通覧しても、このような規定を発見することができない。もつとも、日本学術会議は内閣から独立した機関であり、その監督行政機関はないけれども、それの為した処分によつて、自己の権利ないし法律上の利益を侵害された旨主張する者が当事者として、一般の規定に従つて、裁判上その処分の効力を争うことは格別として既に法は、同会議の組織の基本とする会員の選挙の施行はもちろん、選挙に関する規則の制定自体を同会議に委任し、且つ、法及び規則の運用に関して、なんら格別の定めをしておらない立法態度から推して、有権者が同会議の為した処分の適否を争うような場合にあつては、同会議の性格にふさわしくそれ自らの自主性と責任において内部的に解決すれば足るものとしたと解すべきである。つぎに公法上の選挙において常に必ず一般選挙人のために選挙訴訟及び当選訴訟を認むべきであるとするのは、原告ら独自の見解であつて、かような法理の存しないことは、公職選挙法第二百七条の規定において、地方公共団体の議会の議員の選挙については、一般選挙人のためにも、当選訴訟の出訴権を与えているにかかわらず同法第二百八条の規定が、衆議院議員及び参議院議員の選挙においては、同種の訴を否定している一事から見ても明かである。また、同法の適用範囲は、同法第百二条の規定の明定するところであるばかりでなく、選挙の訴訟に関する同法の規定だけを本件選挙に準用すべきである旨の所論は、当裁判所の採らないところである。なお、本件選挙に関し有権者のする不服申立は、同会議による再審査をもつて最後的に決定されることになるが、このことは、もとより憲法第七十六条第二項の規定に違反することにはならない。蓋し、同条第二項の規定は、司法権の領域に属する事件について定めたもので、裁判所法第三条に該当せず、従つて司法権の領域に属しない事項の如きについては、関知しないものだからである。結局みぎ原告両名のした本件提訴は法律上許されないものであるからその余の争点について判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。
(二) 被告の(十二)の抗弁を採用できないことについて、
原告北岡が本件選挙に関し被告に対してした異議の申立が棄却されるや、規則第二十五条に定められた日本学術会議に対する再審査の請求をしないで、直ちに本訴請求に及んだことは、原告もこれを争わない。しかしながら、行政事件訴訟特例法第二条の規定に定めるいわゆる訴願前置の制度は法令の規定が一定の行政処分に対する訴願手続を二段階に亘つて許容している場合にも、常に必ずしもそれらすべての訴願手続を経るのでなければ訴を提起できないとする趣旨に理解すべきではない。思うに、同条は、法令の規定が一定の行政処分に関し、当該行政庁自体に対する訴願等による不服申立の途を開いている場合においては、訴の提起前に一応行政庁をして該処分の当否について反省再考し、違法と認められる場合、行政庁自ら公正妥当な措置を採り得る機会を与えようとするにあるのである。従つて、行政処分と争訟手続とを定めた法令の規定中に、許容した訴願手続の全部を経た後でなければ訴を提起できない旨の明文を設けている場合は格別として訴願手続は、たゞに、訴訟の前手続であるという場合ばかりでなく、あわせて、独立した別途の使命を有する場合も存するのであるから、前趣旨の明文のない場合に訴願制度を訴訟の前手続中に導入するに当つては、訴願手続がたゞに不服申立の方法、手続を繁多にし、ときに却つて、最後の不服申立の機会を奪い、また、事件の終局的処理をおくらせる結果を避けるためにも、解釈上、導入しようとする訴願手続の範囲を適当に限定せねばならぬ場合があり得る。
さて、本件において、規則第二十三条、第二十五条の規定は、選挙に関して異議のある有権者は、まず被告に対し異議の申立をすることができ、被告のした決定に不服のある者は、更に日本学術会議に対し再審査を求めることができるとしている。しかし、公職選挙法第二百三条第三項の規定が異議の申立に対する決定及びこの決定についての訴願に対する裁決を経るを要するとしたと異なり、法及び規則中には、前示異議の申立及び再審査の決定を経たのち、はじめて訴を提起できると限定した規定は存しない。つぎに、選挙に関する争訟は、特に迅速に処理されることが望ましいが、公職選挙法第二百三条前段、第二百七条の規定が訴訟手続を迅速に完結させるため、高等裁判所に提訴することができると定めたように、裁判審級を省略する措置を講じた規定も見当らない。また、規則第二十三条の規定に基く異議申立及び規則第二十五条の規定に基く再審査の請求に関する審理については、自作農創設特別措置法第七条第三項及び第五項の規定が申立後一定の期間内に決定又は裁決をしなければならぬとするように、審査機関が迅速に処理を行うべきことを担保する用意をも欠いている。しかも、前二例においては、異議申立の決定をするのは、市町村選挙管理委員会又は市町村農地委員会であり、訴願の裁決をするのは、都道府県のそれであり、二者は、その構成を異にする。しかるに法及び規則、並びに、日本学術会議選挙管理会規則(殊にその第一条第三号、第五号)によれば、被告を構成する委員は、日本学術会議会員であることを通常としこれら委員は、日本学術会議総会においても、その構成員であつて、被告と日本学術会議とは、あたかも、総会と分科会又は小委員会との関係にあつて、組織上厳格な独立性を有せず、むしろ密接な関係にあるから、ことを実質的に考えても既に被告に対し異議を申し立て、一度その処分に関する反省と再考の機会を与えた限り、あえて再審査の請求により、かさねてその機会をこれに与える必要をみないと考えられるのである。以上のような諸般の観点から考察して、本件において、原告北岡が日本学術会議に対する再審査の請求をしないで、直ちに本訴請求に及んだことはなんら違法とはいい得ない。
原告松葉が本訴提起前、その当選を失つたことにつき自ら異議の申立をしなかつたことは、同原告の自陳するところである。しかしながら、同原告の関係部分については、その訴提起に先だち、既に原告山県において適法に異議を申し立て被告の決定を経ていることは、原本の存在及びその成立についての争のない甲第一号証及び第五号証によつて明白であり、しかも、異議の申立に基く審査の方法、程度及び結論は、それが同一事項を対象とする限り、その申立人(有権者)の如何によつて結果を異にすべきものではなく、且つ、訴願前置に関する前示行政事件訴訟特例法第二条の法意が前叙のとおりであつてみれば、原告松葉は、原告山県のした異議の申立と同一事項についてかさねて異議を申し立て、被告の反省を求める必要は毫も存せず、従つて、同原告がみぎのように自ら異議の申立をしないで、直ちに本訴に及んだことは、違法ではない。
(三) 原告北岡、同松葉の本案の主張の当否について、
昭和二十五年十二月に日本学術会議第二回会員選挙が行われ、その結果、第三部における下位当選人及びその得票数次点順の落選者及びその得票数がいずれも被告によつて原告主張のとおり決定されたこと、被告が、みぎ投票の効力決定に当り、関東地区の投票総数五百六十二通中四十三通(検乙第二号証の一乃至四十三)を、有権者が投票の記載を自らしたものでないとの理由でこれを全部無効と決定したこと、そうしてみぎ四十三通の投票に記載された候補者氏名及びその各票数の内訳が原告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争がない。
さて被告は、本訴においても、みぎ決定と同趣旨の主張を維持するから、先ず、係争の四十三通の投票の記載の相互間に被告の主張するように、同一筆跡と認められるものが含まれているかどうかについて判断する。はじめに、選挙直後に被告がこれを無効と判定した前提として、これを三群に類別し各群ごとに同一筆跡の文字を含むと認定したことは、当事者間に争がない。つぎに、原告北岡らからの異議を決定するに当つては、前示甲第五号証、原本の存在及びその成立についての争のない甲第六、七号証、並びに、証人久保田明光の証言及び被告代表者訊問の結果をまとめて考えると、被告は、筆跡の鑑別について造詣の深い藤田、丸山、荻野らの三名から係争四十三通の筆跡の異同に関する意見を徴し、これに従つて、本訴において被告の主張するとおり、筆跡別に九群に類別し、その各群ごとにその記載が同一の筆跡の文字を含むものと判定したことを認めることができる。さらに乙第十号証(訴外辻善之助が被告に提出した鑑定書)中には、被告の主張に一部添う記載がある。しかし、以上いずれの意見も、成立に争のない甲第十一号証(鑑定人高村巖の鑑定書)並びに鑑定人遠藤恒儀、同宝月圭吾の各鑑定の結果に照して、当裁判所は、これを採用しない。そうして、他に筆跡の同一性についての被告の主張を支持するに足る証拠はなく、却つて、被告によつて無効と判定された投票であることについて争のない検乙第二号証の一乃至四十三、成立に争のない甲第九号証、前示甲第十一号証、成立に争のない同第十二号証の一乃至三十一、前示両鑑定人の各鑑定の結果を併せて考えると、係争の四十三通中には、相互に他の投票用紙の記載と同一筆跡の文字を含むと認められるものが一通として存在しないことを認めるに充分である。従つて、その認定に反し、みぎ投票中に同一筆跡の文字を含むものがあるの故をもつて、これを無効であるとする主張は、理由がない。
しかし、被告は、さらに進んで、本件選挙中に不正の運動が行われ、ために自書によらない投票が為されたと主張する。まことに、被告の主張するとおり、第三部関東地区の全投票数五百六十二通中に、全国区候補者として北岡寿逸、片岡謌郎、松葉栄重、友岡久雄ら四名のうち、いずれかの三名を組み合せて連記し、地方区候補者として高橋秀雄を単記する投票が四十三通あつたことは、当事者間に争がなく、かく比較的多数の同一類型の投票が行われたこと、証人久保田明光、同久保田高明の各証言、被告代表者訊問の結果、並びに、検乙第一号証、成立に争のない乙第六乃至第九号証をまとめて考えると、日本学術会議は、本来日本を代表する科学者の団体であるから、その選挙も、学派、学閥、その他の利害関係を超越して、理想的に行われるであろうとの一般の期待にかかわらず、選挙運動は、一部に相当活溌に展開され、候補者の推せんが出身学校ないし勤務先を母体として行われることが多かつた関係上、各自の擁立する候補者の当選を得る目的をもつて、投票の連記制を利用して、推せん団体相互に投票の約束、申込又は誘引等が行われ、自らその間に芳しくない行動もあつたのではないかと疑われないではなく、現に、運輸調査局勤務の有権者塚原俊一郎が三菱経済研究所を訪れて、未知の久保田高明に対し、片岡謌郎(全国区)及び高橋秀雄(地方区)両名への投票を依頼して、連けい方を申し入れて、拒まれた等の一端の事実が明かにされた。しかし、いかなる種類の選挙にせよ、およそ当選を目的とする選挙運動自体を否定せねばならぬ理由がなく、殊に、少数者の団体にあつては、多数者に対抗する必要上、少数者の団体の連けいを見ることが必然であつて、ために相当数の投票について、投票の依頼、進んでは投票内容の打ち合せが行われ、それがある程度忠実に結果としてあらわれることは、自然の成行であるといわねばならないのであつて、前示の事情だけから、何人か未記入の投票用紙をかき集め、一人又は数人が偽装を加えて内容を記載したものと臆測することは許されないし、そのように認めるに足る証拠は一も存しない。
以上説明したとおり、被告が係争の四十三通の投票を、有権者によつて自書されたものでなく、なに人かによつて他筆されたものであるとして主張するところは、これを認めることができない。そうして、四十三通の投票が小封筒に封入され、各別の有権者名義による大封筒内に納められて、制規の方式により被告に送達されたことは、当事者間に争がないから結局係争の四十三通の全部が各有権者において自ら記載した有効な投票と認めなければならない。
そこで係争の四十三通中に記載された各候補者別の投票数を、既に被告において有効投票と認めている各投票数に合算すると、同人等の総有効得票数は、片岡謌郎六十七票、原告松葉六十四票、原告北岡六十票、友岡久雄五十二票となり、みぎ片岡及び原告松葉はもちろん、上位得票者二名を控えている原告北岡の得票数も、被告において当選人と決定した下位得票の当選人三名(青木得三、井藤半彌、久保田明光)の各得票数より上廻つていることは明白であり、従つて被告において当選人として決定した下位得票者三名は、本来当選人とはなり得ないで、却つて、前示三名が当選を得るべきものであるといわなければならないから、これに反する被告の処分は、誤つたものとしなければならない。ところが本件においては、みぎ原告両名より上位の得票者である片岡は、下位得票者の当選無効を主張して訴を提起していないから、結局原告松葉及び同北岡について、その得票順に各当選したものと認め、よつて、被告が当選人と決定した最下位得票者各一名についてのみ、それぞれ本訴においてその当選無効の確定を求める正当の利益を有するものというべきである。そうして規則第十九条は「全国区及び地方区選挙において、得票数の同じ者があるときは、年長順によつて当選人を決定する。」と規定しており、得票数いずれも四十五票である下位当選人三名の年長順が、青木得三(明治十八年三月二十六日生)、井藤半彌(明治二十七年九月十四日生)、久保田明光(明治三十年九月八日生)の順序であることは当事者間に争がないから、原告松葉の関係においては久保田明光の当選を、原告北岡の関係においては更に井藤半彌の当選をそれぞれ無効と確定するのが相当である。しかしながら、原告松葉、同北岡がみぎの範囲を超えて当選の無効確定を求める部分は、同原告らにおいて正当な利益を有しないから、いずれも棄却されるべきである。よつて訴訟費用中原告乾、同山県と被告との間に生じた部分の負担については民事訴訟法第八十九条を、原告北岡同松葉と被告との間に生じた部分の負担については同法第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎 西岡悌次 月山桂)